アッサラームアライクム。
最近、旅にでまして酸素補給してきました、ユナです。知恵をもったcool auntieになるための日々を積み重ねているのです。

とても久しぶりの出現、皆さんfeel aliveですか!
ダッシュボードの下書きを見ていたらどれも2年前に走り書きしたものばかりで、流石に困惑(つまり帰国してから書いてないな?どんな口調で書いてたんだっけ?)
あまりにもoutdatedなことは承知で、わたしの7ヶ月旅の紀行文集はあたかも今起きていることのように別で書くつもり。これは時間をも飛びこえたい大切な記憶だからね。
あとね、日本に帰ってきてから「最近旅してないの?」と聞かれることもあるんだけど、私のdefinitionではしてます。とてもしてます。ある意味、日本は世界のはしっこで、そのまたはしっこに行ったら文化が残っているというのは、山岳民族というような名前が付いていないだけで、県や、集落は圧倒的な何かなんだと思っていて。その場所はヒマラヤ山脈に隔てられているわけでもないし、サハラ砂漠を超えていく必要もないし、いつくるかわからないバスを待つこともないし、いく手段が全くないわけでもない。でもその先にあるひとの営みは粛々と、多様性という言葉がメインストリームになる前から特異性を持って続いている。日常の中では、画一点化する社会には逆らえないですよねみたいなふりしてますが、祭りや催事となるとその強烈な個性でソトモノを全力で殴ってきます(そしてかなり食らいます)

まとめえると、祭りや神事に引き寄せられる人々に魅せられて、祭りにいき、人に出逢い、やられて帰ってきて図書館に篭りつつ、、という感じで気づいたら1年は消えてました。誰か祭りにいくことを仕事にしてください。最近は近所の図書館ですきな棚が決まってきたので、直行して借りてない本を読んで、祭りから民俗学やら人類学やら地政学やらに飛びまくってる。が、これが面白いんだなとても。

ああ大変、2年分溜まっていると大脱線もいいところ。
祭りへの熱量は人よりもすこしばかりは高いのかもと段々気がついてきたので、これも別で話そうね。ぜひ祭り情報はお待ちしてます!年中!(今年はインフルでいけなかったのがいくつかだから必ずリベンジ)
違うの、今回は中央アジアの初章。どったんばったりした2週間のお話。
そもそもこの旅はいつからか習慣化した長期休暇で変なことしよう(旅バディよ、異議受けつけます)のバージョンなにか。

いろいろ国内外やってきて、去年は熊野古道。今年SEAしようって最初連絡がきたの。インドネシアとかどう?バリいく〜?って提案に、冒険がしたいから物足りない、大地みたいと中央アジアを逆提案(枕詞は「すっごい変なこと思いついちゃったんだけど〜」)
ランダム提案に最大限のフォロワーシップで返してくれるのいつもありがとうだよ。そんなんで、シルクロードへの大憧れを抱いていた私の願望に若干旅バディを巻き込む形で実現。大した連絡もせずに、カザフスタンのアルマティで集合とお互い自分がいつ着くかだけ報告し合うくらいも慣れたものね(お互い計画が下手よりだし、なんかいつも大丈夫)こんだけの準備でなんか上手くいくの楽しいねえ。日程とか場所の準備は全然しないのに、バックパックの中はwhat's in my bag撮れるくらい準備されてるのほんと面白い(笑)結局撮り忘れてますけど!
あとね、私はシルクロードにいきたいと一緒に、会いたい大切人がいたの。ちなみにリユニオンは大成功!!

発端は、コロナ禍でマレーシアにいた6年前。
マレーシアのロックダウンは結構本気だったから、1キロおきくらいに関所のような場所が設置されて(警察+軍もいた気がする)同じ世帯から買出しにいける人数も制限されるくらいだったから、友達に会いにいくこともできなかった。一度間違えて友達とタクシー乗ったらpull overされたくらい。ビザが切れても移民局は閉まっていたし、国に帰る手段もなかったから特例で滞在が認められて、みたいなタイミング。そんな中、確か急に帰国が決まったから、まあ時効かと思うんだけど、買出しにいくふりして、とあるコンドにスニークイン。「多分来週帰国する」って伝えにいった友達がいたの。その友達がカザフ人のカミラ。その時はカザフスタンがとても遠くに見えていて、もういつ会えるかもわからないから、最後に絶対会わないとと思って、大泣きしながらまたいつか世界のどこかでをした。
だから今回ねトランジットの時もずっと緊張してて、なぜか。きっとは他から見たら、ソーシャルメディアに出てくる荷物投げだし駆け寄りビッグハグの動画くらいのリユニオンをアルマティの空港でやりました(笑)あの瞬間は到着ロビー、というよりあの空港で一番うるさかったことでしょう。

こんなんで始まった中央アジアはやっぱり浪漫でした。ちょっと私がトラックできなさそうだじゃら、最初にまとめると、
中国(広州※トランジット)→カザフスタン(アルマティ+周辺)→キルギスタン(カラコル、バリクチ、コチコル、ソンクル湖、ビシュケク)→ウズベキスタン(タシュケント、サマルカンド、ベイブル)→タジキスタン(パンジャケント)

全然総じれません。
でもやっぱりよかったんだ、世界が美しいことを忘れてしまうところだった。
いや、世界はもっと美しいというのは一面的かもしれないから、世界は多様だったが近いかも。
大地を求めてアジアの真ん中、シルクロードにやってこなかったらここに住む人の生活を知ることはなかった。
私の頭にあった大地よりも圧倒的で人間がある意味動物になってしまうような場所があることも知ることはなかった。
そんな場所にぽつんと遊牧の暮らしをしている人たちもいることを知ることはなかった。
街中の家でも牛を庭で飼ってることも、伝統的な帽子を普段から被っている人がいることも、やっかん強面オジたちが笑い返してくれることも、スモールビジネスが生活の真ん中にあることも、小さなバザールで揚げたてのポテトパンを厨房から持ってきてくれることも、どこでもチャイを出してくれることも、付け刃のロシア語を笑いながらあえて翻訳機を使わずに謎解きをしてくれる優しいお母さんがいることも、間違えたバスに乗ったら、乗客の方と運転手さんがソートしてくれて乗り継ぎバスの運転手さんに電話してくれていることも、一見ぶっきらぼうだけど優しさのレンジが吹っ切れている少し似たお顔をしている人たちが、4000メートル級の山と川、湖に囲まれて営んでいる暮らしを知ることはなかった。

旅をしてきたからここをどの国の〇〇みたいと形容することは難しくないけれど(旅バディにはその代わりにディズニーやらレファレンスしてずっとlameと言われ続けた)この地域の流動性と唯一無二性はひねって混ざって切れそうなところを付け加えられて。オリジナルなんでしょうね。とてもエゴだけど、できるだけraw imageのままアーカイブしたいと思った。
※ここまで話しておいて、私は意地でも旅先の地域にある文化を消費する人でありたくないので、romanticiseするナラティブを付け加えたいわけではないことを注意書きしとく。
ある時、旅バディが「旅は結局は移動でしかない」って言ってて、改めて考えてみたの。例えばAIと旅をするようになり、全て正しい選択を損得だけで選び、まちがえず、進めたとする。全て情報を調べれば一瞬で答えが出て、なんなら現地とつないでリアルタイムを味わうこともきっと難しくはない。その中でわざわざ大陸を渡り、電車やバス、飛行機や船を乗り継いで移動することってなんだろうね。
詰まるところ、移動の最中にあるuncertaintyを楽しみたいからで、知らない場所で生きる人の生活を見たい、わかりあいたいというピュアな好奇心だけなんじゃないかな。あえて言語化できない"すき", which AI cannot articulate を探してみたくて、そこで出会うのが「ああ、やっぱり人はおなじだな」なのか「それでも私たちは異なるのか」なのかはわからないけれど、それを知ることで受け容れる器ができて、いれて溢れたら誰かとすこし交換して。また何かを探しにいく。美しいものや綺麗なものだけではないと、世界のルールはもっと馬鹿げていることもあって、悔しさ、虚しさの感情は尽きることがないけれど、それでもひとやその暮らしと対面した時用で合間を残しておきたい。

と、やっぱり何かの宣言みたいになってしまったのだけど、すこし排他的になっているとも思うこの社会で、人を人としてつなげるものが何かはあったと思います。
かなり縮尺は異なるけれども。
はい!これはここまでにして、次は旅の中身の話をしよう。
とても興味深い旅だったから、きっとあなたも気にいるはず。

ひとつランダムアドバイスをするなら、馬に乗るときはサイズで選ばず、ちゃんと落ち着いたイージーな子がいいと申告するといいと思います。

それではまた今度!
パカパカ〜








































































































